大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)1820号 判決

控訴人 被告人 加藤義勝

弁護人 鈴木重一

検察官 玉沢光三郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年六月に処する。

原審未決勾留日数のうち五拾日を右本刑に算入する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収に係る出刃庖丁一本(東京高等裁判所昭和三〇年押第六三〇号の一)は没収する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の被告人作成名義の控訴趣意書及び弁護人鈴木重一作成名義の控訴趣意書に対する補充申立書のとおりであり、これに対し次のとおり判断する。

被告人の論旨中事実誤認の点及び補充申立書中事実誤認の点について、

原判決挙示の証拠によれば、被告人が昭和三〇年三月三日午後一〇時四〇分頃東京都世田谷区玉川等々力町三丁目一〇番地菓子小売商安藤木守方において金員強奪の為同人に対し偶々所携の出刃庖丁を突き付けて脅迫したが同人及び家人に騒がれたため逃走して目的を遂げなかつたものである事実はこれを認めることができる。

しかし乍ら原判示のように被告人が予て強盗を企てていたという事実は原審が取り調ベた全証拠によつても確認し得ないところであり、本件記録によれば、起訴状記録の如く本件は寧ろ偶発的犯行と認められるのである。しからば原判決はこの点において事実を誤認したものというべきである。

而して結果の同じ犯罪において計画的犯行であるか、偶発的犯行であるかの相違は、罪となるべき事実としてではないが、犯情として当然量刑に影響を及ぼすものと認められるのである。

従つて判決にこれが判示されている以上、この事実に誤認がある場合はやはり判決に影響を及ぼす事実誤認と認めるのを相当とする。

今本件について見るに、被告人は強盗を企てその実行に着手したがその目的を遂げることができなかつたというのであるが、これが原判示の如く予て強盗をすることを企てていた計画的犯行と認めるか、或は起訴状記載の如く偶発的犯行と認めるかによつてその量刑には相当の差違が生ずるものと認められる。

しからば、原判決の右事実誤認は判決に影響を及ぼすものであるといわなければならない。結局論旨は理由がある。又本件犯行を計画的犯行と認めた上の原判決の量刑は、偶発的犯行に対する量刑としては重きにすぎる失当のものと認められるから、論旨中量刑不当の点も亦理由があることに帰する。原判決は破棄すべきものとする。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書の規定に則り次のとおり更に自ら判決する。被告人は昭和三〇年三月三日午後一〇時四〇分頃東京都世田谷区玉川等々カ町三丁目一〇番地菓子小売商安藤木守方において菓子を購入しようとしたが所持金が不足した為金をとつてくるというて一且同店を立ち去つたが、金銭に窮したことから悪心を起し、金品を強取しようと企て、数分後に右同人方へ引返し店内において、同人に対し、所携の出刃庖丁、(昭和三〇年押第六三〇号の一)を突きつけて脅迫したが同人及びその家人にさわがれたため、逃走して所期の金品強取の目的は遂げなかつたものである。

〈証拠説明省略〉

法律に照すと、被告人の右所為は刑法第二三六条第一項、第二四三条に該当するので、同法第四三条、第六八条によつて未遂減軽をした刑期範囲内において被告人を懲役二年六月に処すべきものとし、原審未決勾留日数のうち五〇日は刑法第二一条によつて右本刑に算入すべきものとする。但し本件犯罪の情状に被告人の性行、経歴、境遇等諸般の事情を参酌して今回に限り刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二五条第一項に則り本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予すべきものとする。

押収に係る主文掲記の出刃庖丁一本は刑法第一九条第一項第二号、第二項によりこれを没収すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

被告人の控訴趣意

出刃庖丁は偶然事件の前日購入致しましたが強盗の目的で購入した物で無く三月一日に弟の所に参り金借を依頼致しました処、未だ給料も戴いて居ないからと後日を約し取敢えず一千円だけを借り受けて帰宅し当時迄食堂にて外食を致して居りましたが費用を節約せねばならず自炊をする目的にて近所の金物屋に求めに行きました処売品中で一番安価の上最も小さく手頃でしたので購入した物でございます。出刃疱丁は貸し本二冊並びにパン、バター、オシンコ等購入せる帰途立寄つて求めたる為手に持てず内ポケツトに入れ帰宅し使用後、何一つ設備の無い二階の四畳間ですので元通り新聞紙に包み手近に掛けて置いた上着の内ポケツトに入れ翌日其のまま上着を着て出かけたのですが他事に気を取られて居りました為深く意識して持つて出た訳ではなく外に出てから気付き引返して置いて来るべく一応は考慮致しましたが直ぐ帰宅する積りで出かけたのでございます。三月三日私が現場に出かけました理由は当時迄借りて居りました部屋が都心に遠く設備が悪い上四畳で四千円と高い為三畳でも安価な所をと思つて居りました処新聞広告にて自由ケ丘に在る事を知り予てより近代的な住宅地と聞き及んで居りましたので部屋を借り受けるべく出かけたのでございます。私は当時自由ケ丘は渋谷に在ると思つて居りました為借り受ける意志が有つたのですが渋谷で下車して聞きました処更に支線で行くとの事なので銀座を十二時頃帰る私にはとても支線の時間は間に合いませんので借り受ける意志が無くなりましたが暇も有りましたし一度見て来たく思いましたので自由ケ丘に行きました。自由ケ丘を下車しますと駅前に大きなパチンコ屋が在り「本日開店打止なし」との広告が目に付き予てより好きで有つた為店内に入りました処思いの外取れた為なお慾が出て遊んで居る内に三百円程取られてしまいましたので其の店を出て玉の出そうな店を捜し取り返すべく二、三の店にて十時頃迄夢中で遊んでしまいました。夢中で遊び思わぬ時間を費やした為直ぐ帰宅仕様と思い駅に行くべくパチンコの勝負を考えながら歩いて居る内にふと道の違うのに気が付きましたが前方に人や自動車が交叉致して居りましたので其処へ出れば直ぐ道は判ると思い行きました処其の舗装道路に面した店のカーテンの切れ目(又は合せ目)より菓子が見えました。私は自由ケ丘に来て以来パチンコ屋にてキャラメル一ケ食ベただけでしたので非常に空腹を感じ菓子を購入すべく店内に人影が見えましたので声を掛け帽子を取り店内に入りました。店内に入り菓子を指定し「一通り下さい」と約五、六拾円の菓子を注文致しました処「持つて行くなら箱に入れて上げましよう」と有り合せの箱に入れて居りましたが多い様なので「いくら包んで呉れたのですか」と聞きました処「丁度二百円御包みしました」と言いますので其の時少なくして下さいと言えば良かつたのですが金の不足な事と恥かしさが先立ち断り切れずに「家に帰り金を持つて来ます」と虚言を弄して其のまま帰る積りで同店を立去りました。同店を去り通行人に道を尋ね約二百米程歩きましたがふと内ポケツトの出刃庖丁に気付き二百円程の金が無く品物の買えなかつた口惜しさとあまりの空腹の為驚かせば菓子を呉れるであろうと浅墓な考えを起し直ちに同店に引返しましたがとてもいきなりは入る事が出来ず、帽子を取り「御金を持つてきました」と言つて入りましたが「金銭を強取する目的」などと言う意志は毛頭ございませんでした。同店に於て主人に対し矢庭に出刃庖丁を突付け脅迫云々とありますが庖丁と主人の間隔は有りましたし私は其の時何んら言う言葉も知らず無言で指し示しました処手首を掴まれましたので手を引きますと座敷にかけ込み約四人の家族と騒ぎましたので菓子を取る意志も消滅し只静かにして貰い度く「静かにしろ俺は御前達をどう仕様と言うのではない」と言い庖丁をオーバのポケツトに入れて帰りかけますと主人が入口迄来て「どうしてこんな小さな店に入るのですか」と平気な顔で聞きましたので売言葉に買言葉にて突嗟に「やる気なら仲間を呼ぶよ」と言い外に出ました。戸外に出ますと十五、六の子供が棒を振り上げて立て居ましたが撲る意志は無いと思い傍を通りますと矢庭に撲りましたので無意識の内に約二十米程走り駅へ行くべく教えられた道を只呆然と走りましたが約二百米程進んで振り返りますと前記の子供が遠い物陰から覘いて居りましたので引返して「何をするのだ」と言いますと「御前は悪い人だから交番へ連れて行く」と申しました。私は其の時深く自分の行為を恥ずと共に罪の深さを痛感致し非常に申し訳なく思い自首するべく「私も交番に行くから付いて来い」と言て暫く歩きますと其の時通りかかつた通行人二人に強盗であると協力を求めた為又騒ぎ出しましたので癪にさわり「静かにしろ俺は逃げやしないから」と五米程離れて小供と一人の通行人が付いて参り駅の近くに来てから小供の兄が参りました。其の間逃げ去る事は不可能な事ではございませんでしたが当時の私の心境は少しも早く御詫び申し上げたいと思いました事でございます。当時の事情を良く御考慮下さいますれば偶発的に行つた事、金銭を強取する意志の無かつた事、並びに犯行後直ちに後悔の念に燃え逃走の意志の無かつた事等を御察し下さる事と存じます。

弁護人鈴木重一の被告本人の控訴趣意に対する補充理由

一、原判決は本件の動機を誤つて認定しています。

即ち原判決は被告人が売上金を強奪すべく本件犯行に及んだものであるとしていますが、被告は終始一貫して斯ることは一言も云うておらず、只(1) 空腹の為め菓子が欲しくなつたこと、(2) 代金二百円と云われ驚いて困却したこと、(3) 体裁上断り切れず止むなく一旦辞去したのであつて決して予め物色に来たのでないこと、(4) 所持金が不足していたため止む無く一旦店を出たものの空腹感に耐え切れず、又貧に対する反抗心から侮辱を受けたと直覚し反撥して再び被害者の店に戻り偶々持ち合せていた菜切庖丁が懐中にあるのを幸いに、おどかし二百円相当の菓子を取つて来るべく店に引返したのであること、(5) 予め出刃庖丁を用意して強盗して金銭を奪取せんとするものであれば、被告は店で「金を出せ」とか「売上金はどこにある」とか金銭について何とか談じ込むのが普通であるのに、本件はそれがなく、記録を見ても只強盗だ強盗だと騒いだのみで何を奪取せんとしたか殊に金銭を奪取せんとした如き形跡はどこにもありません。只被告の言うた言葉としては菓子代は之だ(出刃庖丁のこと)と云うたのみで奪取の対象物としては二百円相当の菓子のみである。特に実況見分調書の第二、の4の末尾附近には、「金が無いからこれだ」(金は菓子代を意味する)とあり又同第三、被害の状況の1の末尾附近には、「一旦外に出て四、五分して戻り物をも云わず入り、土足のまま踏板上に登つて来て「金が無いから是だ」と云いざま突然被害者の腹に七首を………二百円代の生菓子を強奪せんとしたものであるが騒がれて逃走したものである。とし、2金員物色の模様として被害者宅を検するに金品物色の模様は別に認められなかつた」との記載がある位であります。又、現場の様子を見ても売上金のあつた場所は現場の奥の六畳の室であつて、現場の板の間ではないのであります。要するに被告は金銭欲しさに本件犯行したのではないのは全記録に散見しているのであります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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